海賊の歌『デッドマンズ・チェスト』の謎

古代の謎・歴史ヒストリー

 2006年7月22日公開の「パイレーツ・オブ・カリビアン」のシリーズ第2作が『パイレーツ・オブ・カリビアン、デッドマンズ・チェスト』というタイトルでした。原題はそのままの英語で、”Pirates of the Caribbean: Dead Man’s Chest”です。

 この”Dead Man’s Chest”を「死者の『胸』」と勘違いしていた人が多いようです。なぜ、そんな間違いをするのか不思議だったのですが、どうも機械語翻訳が原因のようです。管理人が試したすべての機械語翻訳サイトで「死者の胸」と翻訳されます(笑)。困ったものだ。

 “Pirate chest”というキーワード”で画像検索すれば、答えは直ぐに分かります。「海賊の胸」は出てきません(笑)。キーラ・ナイトレイのチェストなら、『過去記事』で見ることができますが。

 海賊の衣装箱と聞いて思い出すのは『宝島』です。

 今回の記事のテーマは、小説『宝島』の中の「Fifteen men on the Dead Man’s Chest」の謎です。これは、コスタリカのココ島に埋められた海賊の財宝の記事を書いていて、ずっと不思議に思っていたことです。何が不思議なのか、何が謎なのかは、追々、説明したいと思います。

『宝島』の著者

 『宝島』はスコットランド人ロバート・ルイス・スティーブンスン( Robert Louis Stevenson)によって書かれた冒険小説です。

 『宝島』の初版本は、1883年11月14日にカッセル社(Cassell & Co.)から出版されました。その原本は、1881~1882年に子供向け雑誌「Young Folks」に掲載されたもので、そのタイトルは『Treasure Island or, the mutiny of the Hispaniola』で、ジョージ・ノース船長(Captain George North)というペンネームが使われていました。

 初版本の原題は、『The Sea Cook, or Treasure Island』(海のコック、あるいは宝島)でしたが、後に『Treasure Island』(宝島)と改題されて広く親しまれるようになりました。(英語版Wikipedia、日本語版Wikipedia参照)

『宝島』は、児童文学としては珍しく登場人物の性格、行動、言動に問題があり、道徳の曖昧さや皮肉な論評などが書かれていたことから、成人向けの物語と考えられていました。

 海賊についての認識において『宝島』の影響は絶大で、「X印」の付いた宝の地図、スクーナー船、危険な箇所、熱帯の島、そして、1羽のオウム肩に乗せた一本足の水夫というような「海賊」にまつわるイメージを読者に残しました。

スティーブンソンは『宝島』の発想をどこで得たのか

 スティーブンソンの『宝島』はとても良くできた小説です。時代背景、海賊や宝島の背景描写も素晴らしく、特に、海賊の唄「デッドマンズ・チェスト」はこの小説になくてはならないものになっています。

 コスタリカのココ島に埋められたとされる海賊の財宝の記事を書いていて、とても不思議に感じたことがあります。それは、『宝島』の中に書かれている「Fifteen men on the Dead Man’s Chest」の唄とココ島の財宝埋蔵伝説があまりにも符合することでした。

『宝島』の舞台はカリブ海とされています。ところが、太平洋側に位置するココ島が『宝島』のモデルになった島という推測があります。

 そこで、『宝島』の中に書かれている「Fifteen men on the Dead Man’s Chest」の唄について、詳しく見てみましょう。

原文は以下の通りです。

“Fifteen men on the dead man’s chest—
Yo-ho-ho, and a bottle of rum!
Drink and the devil had done for the rest—
Yo-ho-ho, and a bottle of rum!”

佐々木直次郎訳の『宝島』では、以下のように訳しています。
「死人箱にゃあ十五人――
よいこらさあ、それからラムが一罎と!
残りの奴は酒と悪魔が片附けた――
よいこらさあ、それからラムが一罎と!」

 管理人が気になったのは、次のことです。なぜ、「15人」なのでしょうか。さらに、”on the dead man’s chest”とはどういう意味なのでしょうか。

 15人って、たまたまその人数にしたんじゃないの?

 “on the dead man’s chest”の意味なんて、翻訳を読めば分かるじゃん。

 翻訳者の佐々木直次郎氏は、これを「死人箱にゃあ十五人」と訳しています。しかし、それでは”on”が訳されていません。なぜ、ここで”on”が使われているのか分かりません。

 別の方の翻訳では、「死んだやつの衣装箱に15人の男、 ヨーホーホー、ラム酒を1本!」と訳しています。ここでも”on”が無視されています。

 “on”の後の”the dead man’s chest”の訳が問題なのではないでしょうか。文字通りなら、これは「死んだ男の衣装箱(長持)」ですが、これに”on”がつくと、15人の男がこのチェストに触れている、あるいは、乗っている、というイメージです。とても奇妙です。

 やはり、これは、”on the island of dead man’s chest”と考えるのが妥当なように思います。

 つまり、唄は次のようになります。違和感がなくなります。

 「死んだ男の島(”Island of dead man’s chest”(固有名詞)」に十五人――
よいこらさあ、それからラムが一罎と!
残りの奴は酒と悪魔が片附けた――
よいこらさあ、それからラムが一罎と!」

 では、「死んだ男の島(”Island of dead man’s chest”」は存在するのでしょうか。

 実は、存在しているのです

「死んだ男の島」は実在する

 スチーブンソンは、英国の作家チャールズ・キングスレー((Charles Kingsley、1819年6月12日 – 1875年1月23日)の本の中から、イギリス領バージン諸島 デッド・チェスト島(Dead Chest Island)を見つけて、この歌を創作したと考えられています。

 スチーブンソンはかつて次のように言っていました。「宝島は、キングスレイの著書『At Last: A Christmas in the West Indies (1871)』」から来ている。そこで、「Dead Man’s Chest」を得た、と。

 おそらくスティーブンソンは、リチャード・キングスレイの本で、英領のヴァージン諸島にある島名を記したリストの中に「Dead Man’s Chest」という名前の島を見つけ、これをヒントに小説の中で使ったのだ考えられています。それは、おそらく、ヴァージン諸島の「Dead Chest Island」のことでしょう。

  Source: Google Map

「死者の衣装箱」の秘密

 “Fifteen men on the dead man’s chest – Yo-ho-ho, and a bottle of rum!”

 死んだやつの衣装箱に15人の男、 ヨーホーホー、ラム酒を1本!

 「死者の衣装箱」(別名死者の衣装箱の15人の男性)は、ロバート・ルイス・スティーブンスンの『宝島』に出てくる「虚構の舟歌」です。(英語圏も含め)一般にはそのように考えられているようです。

 佐々木直次郎訳の『宝島』の脚注で、この唄について次のような解説が加えられています。

  「死人箱にゃあ…………」。――西インドの海賊のことを歌った唄の最初の二行である。第二行は畳句(リフレーン)になっている。「死人箱」というのは西インド諸島中の一つの小島の名。海賊船がその死人箱島に乗り上げた時に助かったのは僅か十五人の海賊とラム酒が少しとだけであったという。それからこの畳句が出ているのであって、畳句の方は唄の本筋には無関係なのである。第一行を水夫長が歌うと、第二行の畳句を水夫たちが合唱して、「よいこらさあ」の「さあ」に当るところで、力を合せて、錨を捲き揚げる絞盤の梃をぐいと廻し、次にまた水夫長が歌い、合唱がそれに続くのである。

 

 翻訳者の佐々木氏は、”the dead man’s chest”が、文字通りの衣装箱ではなく、島名だったことを知っていました。この脚注を読んだとき、翻訳者はしっかり訳していると思いました。そして、物語は、『宝島』に記載されていない「15人」の謎に突入します。

『宝島』のデッドマンズ・チェストの謎唄で、なぜ15人なのか

 以上で見てきたように、15人の海賊が『宝島』の歌に登場します。

 ここで疑問なのが、なぜ15人なのかということ。

 佐々木氏の脚注が説明するように「海賊船がその死人箱島に乗り上げた時に助かったのは僅か十五人の海賊とラム酒が少しとだけであった」ということなのでしょうか。ところが、この記述の根拠を英文で確認できない。

最初は、ジュール・ヴェルヌが1888年に発表した少年向けの冒険小説『十五少年漂流記』のように、”15″という人数が物語を作る上で、語呂が良かったのかと思いました。

 ところが、ココ島の海賊の記事を書く上で、いろいろな資料を調べるうちに、この15人の意味が分かってしまった!

 (過去記事『海賊の地図から財宝の埋蔵場所を特定する:海賊の財宝伝説に迫る2』参照)

管理人が『宝島』にこだわる理由は、あまりにもよくできたストーリーだからです。机上で考えつくような内容ではありません。スティーブンソンは、この物語の着想をどこで得たのでしょうか。

彼は、生まれつき病弱で、各地を転地療養しながら作品を創作しました。『宝島』の執筆以前に、物語の舞台となるカリブ海に旅したという記録はありません。彼の情報源はもっぱら過去の書籍だったのではないかと考えられます。あるいは、知人の海賊から直接聴き取った可能性もあります。

 ところが、それが確認できないのです。

 海賊にまつわる小説の原典には、1724年にイギリスで出版された『悪名高き海賊たちの強奪と殺人の歴史(A General History of the Robberies and Murders of the most notorious Pyrates)』(別名『海賊史』)が多く使われています。この本の著者は、キャプテン・チャールズ・ジョンソンとなっていますが、それはペンネームで、実際の著者は、『ロビンソン・クルーソー』の著者ダニエル・デフォーだと考えられています。

 一方で、この『海賊史』には、海賊の財宝についての記述はほとんどありません。ましてや、海賊の歌についても書かれていません。管理人は、スティーブンソンが『宝島』を執筆するにあたり使った別の『底本』があるように思えてならないのです。

 

【参考】

『宝島』英語原文

Project Gutenberg: “Treasure Island” by Robert Louis Stevenson

『宝島』日本語

青空文庫 『宝島』Stevenson Robert Louis著、佐々木直次郎訳