ルバング島の財宝と小野田少尉

フィリピンの首都マニラの南西120kmに位置するルバング島(Lubang Island)(距離はGoogle Earthで計測)。マニラ湾の入り口に位置するこの島は、長さ30km、幅10kmの大きさで、4つの大きな島と数多くの小島からなるルバング諸島の最大の島です。

1974年(昭和49年)、この島で、一人の旧日本軍兵士、小野田寛郎(おのだ ひろお)氏が発見され、3月にフィリピンに投降し、日本に帰国します。終戦後29年もの間、現地に潜んで任務を続けた帝国陸軍軍人ということで、当時は大変なさわぎでした。

その小野田さんが亡くなったのは昨年、2014年1月16日のこと。満91歳でした。心よりご冥福をお祈りします。お墓参りに行こうかと思ったのですが、小野田さんが眠る「船釣寺」がどこにあるのかいまいち特定できない。稲敷郡のお寺で良いのかなぁ。そこなら知り合いがいるので行けそうです。和歌山県は無理だけど。

先日、図書館でふと目にとまったのが、下の本です。
『小野田寛郎は29年間、ルバング島で何をしていたのか  - 「帝国陸軍最後の軍人」が守り通した秘密 -』斎藤充功、学研、2015.6

筆者の斎藤充功(さいとう みちのり)氏は、1941年生まれで今年74歳。ノンフィクション作家として数多くの本を出版されています。この本には刺激的なタイトルが付けられています。早速借りることにしました。そして、一気に読んでしまいました。

読み終えて、「すごい本が出版されたものだ!」と感じました。さすがはノンフィクション作家は違う。
この本からいろいろなことを知りました。同時に、様々な疑問も湧きました。

新たに知ったことは(本に書いてあることのほとんどすべてなのですが)、小野田氏が「見習士官(曹長)」としてルバング島に派遣されたということ。一般には「小野田少尉」という階級で呼ばれているので、・・・いつ昇進したんだろう? 死亡したものとして扱われていたから特進したということか?
なにしろ、管理人は、この分野の基礎知識がほとんど皆無なことから、とても勉強になりました。しかし、本記事では、この本についてのコメントは控えさせていただきます。かなり「危ない」本です。
この本の特筆すべき点は、たぶん、小野田少尉と旧日本軍財宝とを結びつけた最初の本だということ。

山下財宝についての記述も他の情報源では得られないほどしっかりした情報という印象を受けます。それが真実かどうかは別として。

山下財宝についてネットで調べてみると、世界的に有名らしく、英文サイトでもたくさんヒットします。発掘状況をYouTubeにアップしている外国の方もいます。2003年に出版されたスターリング・シーグレーヴ夫妻著『GOLD WARRIORS』という本が影響しているようです。

山下財宝を追い求めるトレジャーハンターは、フィリピン人、日本人、アメリカ人など、たくさんいるようです。

以前書いたココ島の海賊にまつわる話は、今から200年も前のことなので気軽に書けるのですが、小野田さんとか山下財宝については、ちょっと書けない。

ココ島の記事を書いているとき、いつも思っていたのは、財宝の所有権についてです。伝説の財宝のすべてがスペイン船から奪われたものなのですが、スペインが所有権を主張する資格があるとはとても思えません。中南米の先住民族から奪い取った財宝、あるいは、彼らの命を犠牲にして集めた財宝だからです。まさに、呪われた財宝です。

山下財宝はどうでしょうか。世界経済を支配できるほどの多額の財宝の見積もりを提示している方がいますが、それほどの財宝があるのなら、そもそも戦争など起きなかったし、国民ももっと豊だったでしょう。

小説なのかノンフィクションなのか不明な本がたくさんあります。ビルマ生まれ米国籍のスターリング・シーグレーヴは、自著の中でかなり好き勝手なことを書いているようですが、米国人、そしてジャーナリストとしての品位を疑われる書き方をしているようです。欲に目が眩んだ人は怖いです。

日本人を対象とした米軍の無差別殺戮はナチスのホロコーストに匹敵する残虐行為です。海賊国家イギリスはもっとひどい。アフリカ、アジア、中南米に住む人たちをいったい何人殺したのでしょうか。
歴史の一部分だけを切り取って、ある特定の行為(それがたとえ真実だとしても)を非難するようなことは、少なくとも米国籍や英国籍の人はやってはいけない。両国は、それ以上のことをやっているのだから。

学校教育で欠落している近代史を学ぶことが必要かも知れません。

すぐに「学校教育」のせいにするのは、本末転倒。刑務所の中にいるわけではないのだから、自分で勉強するのが当然かと思います。「学校教育」の強化は、カリキュラムの変更に止まらず、教員増強など税金投入につながります。

今回、斎藤充功氏の本をきっかけに、いろいろ考えさせられました。やはり、近代史は難しい。
「誰かが答えを教えてくれる」と思っている世代には物足りないかも。

歴史の「最適解」というものがあるとすれば、この解を導く条件として、人が死なずに最大幸福を求めるという条件を与えることが妥当と考えます。大災害の後、生き残った少数の人間たちが千年王国に至るというような考え方は、そもそも「最適解」を導くための前提がおかしいように思います。

 

 

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